FANDOM


仮面ライダーシリーズ > 仮面ライダー

仮面ライダー』(かめんライダー)は、1971年(昭和46年)4月3日から1973年(昭和48年)2月10日まで毎日放送・NET系列で毎週土曜19時30分から20時00分(JST)に放映された東映制作の特撮テレビドラマ作品、および作中で主人公が変身するヒーローの名称。

概要 編集

本作の基本線は、等身大のヒーローと怪人が対決する「SF怪奇アクションドラマ」。従来の実写ヒーロー物とは一線を画した「異形」のヒーロー像と、人間ドラマとしての側面を極力抑えた勧善懲悪劇、怪奇ドラマ的な演出、そして颯爽とオートバイを駆って「ライダーキック」[1]などのダイナミックなアクションによる格闘シーンや、多彩な動植物をモチーフとした特異でグロテスクな怪人の登場が特徴。

「原作漫画」は石森章太郎が担当し、少年向け雑誌『週刊ぼくらマガジン』(のちに『週刊少年マガジン』に連載誌を変更)に漫画版を連載した。

本作終了後にも登場人物や敵対組織、または時系列や世界観そのものを変え、多くのシリーズが製作された。それぞれの番組は基本的に、主人公となる「ライダー」(=仮面ライダー)の名称をタイトルとしている。一般にこれを仮面ライダーシリーズと呼ぶ。

なお、1979年の第6作のテレビ番組名も同じく『仮面ライダー』だが、新聞や文献などでは「(新)」を番組名に付記する方法で本作とは区別されていた。現在では同作品の主役ライダーである「スカイライダー」を番組名に付記する方法で区別されることがある。この第6作については『スカイライダー』を参照のこと。

ストーリー 編集

優秀な科学者でオートレーサーでもある本郷猛は、その能力に目を付けた悪の秘密結社・ショッカーによって拉致され、バッタの能力を持つ改造人間にされてしまう。しかし、ショッカーの協力者にされていた恩師・緑川博士の手引きにより、脳手術の寸前で脱出に成功。やがて、緑川博士は脱出の途中でショッカーの怪人・蜘蛛男に暗殺されてしまうが、その遺志を継いだ本郷は腰に巻いたベルトの風車ダイナモに風圧を受け、それをエネルギーとして変身、人類の味方にして正義の使者・仮面ライダーとして、ショッカーに立ち向かう。

本郷は、オートレーサーとしての師・立花藤兵衛や緑川博士の娘・ルリ子、そしてレース仲間で実はFBI捜査官でもある滝和也らの協力を得て、ショッカーが送り出す怪人達を次々に倒してゆく。

数多くの怪人達を倒されたショッカーは、ライダー打倒のためにカメラマンの一文字隼人をライダー同様の改造人間にするが、一文字は脳手術直前にライダー=本郷に救出され、新たな仮面ライダーとなる。

こうして誕生した2人の仮面ライダーは日本と海外で別れて戦い、時には共闘しながら、少年仮面ライダー隊などの多くの仲間たちの協力を得て、常人とは異なる身体にされてしまった「改造人間」として苦悩しつつも、「人間の自由のため」に[2]ショッカーと戦っていく。

製作背景 編集

企画 編集

本作は、朝日放送の『部長刑事』の前に低視聴率を強いられていた毎日放送の斎藤守慶(営業局長)が、渡邊亮徳を通じて東映に「新しい仮面ヒーロー番組を製作したい」という企画を依頼したのが発端とされる(大下英治の『日本 (ジャパニーズ) ヒーローは世界を制す』より)。東映では、系列の東映動画で制作中だった『タイガーマスク』(よみうりテレビ)の人気にも着目し、その人気要因を分析することで本作への企画に到る[3]。そのため、両者には逃亡者の仮面ヒーローであることなどの共通点がある。

本作の企画は、平山プロデューサーによって1970年初頭にまとめた企画書『マスクマンK』までさかのぼる。この企画書では、「仮面のヒーローが日本征服を企むクロード黒原率いる組織・ショッカーと戦う」という大まかな筋書きが作られていた。しかし、その内容は『タイガーマスク』に言及し[4]、「自分も仮面を被ればヒーローになれる」という児童の願望を指摘していること、主人公・九条剛が普通の体育教師で鍛錬によってヒーローの力を得ているなど、当時流行していたスポーツ根性ものの影響が強い内容であった。この企画書は、平山による「叩き台」的なもので、毎日放送側には提出されておらず、東映社内と石森プロ用のものだった。平山は本作の前に『妖術武芸帳』で「謎の鉄仮面」という「仮面物」の設定を創案しており、この際、石森章太郎をアイディア協力者候補に挙げていたが、企画がTBSの橋本洋二に渡って実現しなかった。このため、平山にとっては「仮面物」のこの『マスクマンK』は念願の設定だった[5]

次に起草された『仮面天使(マスク・エンジェル)』が、毎日放送に提出された最初の企画書となる。平山が『柔道一直線』の流れで市川森一上原正三を招き、平山とコンビの長い伊上勝との3人の脚本家によって、設定などの企画打ち合わせに入った。ここで主人公の名が本郷猛に決まり、市川によって「恩師・緑川教授殺害の容疑をかけられた逃亡者」という設定になった。スポ根要素は薄められ、主人公は30万ボルトの高圧電流を浴びる事故で特異体質となり、人間以上の力を得るというSF的な設定が加味されている。また本郷役には千葉治郎が候補に挙がっていた。ヒーローのデザイン画などは起こされていない。

この段階で、毎日放送の廣瀬隆一[6] (当時の編成局次長) から“オートバイに乗るスーパーヒーロー物”という注文が追加されて、『十字仮面(クロスファイヤー)』の企画に到る。1970年9月上旬のことだった。ここで構想されたストーリーは、本郷を父の仇と信じるヒロインや、殺人者・本郷を追う刑事などの登場人物が配され、主人公の逃亡者としての苦悩も付加された。主人公の仮面については、怒りの感情が高まると顔に感電事故による十字形の傷跡が浮かび上がるため、それを隠すために被っているという設定が加えられている。『サイボーグ009』や『佐武と市捕物控』などの数多くのヒット作を送り出してきた石森章太郎が、原作者として本格的に参加するのはこの段階からで、石森の起用は石森プロの加藤マネージャーから、東映の渡邊亮徳専務(当時)に熱心な売り込みがあったためだった。10月上旬に、伊上勝によって執筆された検討台本『怪奇蜘蛛男』と『謎の恐怖屋敷』が毎日放送側で検討され、予算案とともに「題名を日本語にしてほしい」との要望が出された。10月15日に石森側が『ファイヤー十字(クロス)』『十字仮面』『クロス火面』などの題名案を提出している。

11月上旬には主人公ヒーローである「クロスファイヤー」のデザイン画も石森によって起こされ[7]、東映の平山も毎日放送の引野芳照映画課長(当時)も、このクロスファイヤーのデザインに「カッコいい」と絶賛し、題名も正式に「十字仮面」に決定、11月になって毎日放送側は『十字仮面クロスファイヤー』の企画書を起稿し、本郷役には近藤正臣、ルリ子役に島田陽子を予定した。

10月以降になり、東映側では平山の補佐として阿部征司がプロデューサー参加。石森が参加した後、毎日放送側は「雑誌で漫画連載をしてほしい」と放送開始の条件を出した。漫画連載の実現には難航したが、平山と阿部、石森プロの加藤マネージャーの3人が『週刊少年マガジン』(講談社)の編集長だった内田勝に掛け合い、年末に了承を得た。

12月に入ると、企画書題名を『十字仮面 仮面ライダー』に変更。藤岡弘と森川千恵子(真樹千恵子)が本郷とルリ子役に選ばれ、藤兵衛役には高品格を予定、放映開始は1971年4月と決定した。いよいよ企画が毎日放送側を通ったこの1970年末の時点で、市川と上原は「『帰ってきたウルトラマン[8]』をやりたいから」と願い出て降板。以後の企画や本編脚本は伊上によって進められることとなった。市川は自らの代わりとして、同じ脚本家仲間の島田真之[9]と滝沢真理[10]を連れてきて、以後両人ともに本作の主筆脚本家となっている。

1971年1月、石森は「もっとグロテスクなリアリティのある奴にしたい」として、自身の作品の髑髏をモチーフにした仮面のヒーローである『スカルマン』(『週刊少年マガジン』1970年1月11日号に掲載)をこの企画に応用した「仮面ライダースカルマン」のキャラクターを提案。ここで主人公が敵対する怪人と同じく改造人間であるという設定がなされ、逃亡者であることや一部のキャラクターが整理され、藤兵衛は主人公の専属トレーナーとなり、よりシンプルな物語となった。しかし、渡邊はこのキャラクターを「スカルマンは以前に描かれた作品じゃないか。大勝負に出るんだから、新しいキャラクターじゃないと駄目だ」と拒絶した。毎日放送の箱崎賞テレビ営業部副部長(当時)からも、「モチーフが髑髏では営業上の支障がある」と意見が出され、企画はさらなる検討を求められる。

非常に落胆した石森だったが、50枚以上のデザイン画を描いた。この中に加藤マネージャーの持ち込んだ昆虫図鑑のバッタをモチーフにした、強烈なインパクトのあるデザイン画があった。バッタの顔が「スカルマン」に共通する不気味さと髑髏に似た形であること、昆虫は「自然を破壊する悪と闘うヒーローにふさわしい」という思いもあった。石森は「子どもに聞いてみよう」と、この50枚以上のデザイン画を当時幼稚園児だった息子の小野寺丈に見せたところ、即座にバッタをモチーフにしたデザイン画を選んだ。このデザイン画は平山によって渡邊専務にもたらされた。渡邊は「これだ、今度こそいける」と大喜びして、即座にゴーサインを出している。

バッタのデザイン画を毎日放送東京支部に持ち込んだところ、箱崎副部長は髑髏でなくなったことで安堵したものの、庄野部長は「バッタは握れば潰れるあのバッタですか?」と非力な昆虫をモチーフにすることに異議を唱えた。平山は「バッタは小さいから強く見えないだけで、昆虫の跳躍能力などが人のサイズになれば強いものになりますよ」と説得した。翌日、毎日放送大阪本社の編成会議に出席した平山と加藤マネージャーは、「バッタ」とは伏せて「昆虫人間」としてセールス。加藤が「子どもでも描けるわかりやすさ」として黒板に仮面を描くなどして、最終的に認められた。

前述の「少年マガジン」誌連載の折衝も進められていたが、毎日放送の営業部内でまだこのヒーローのデザインを危ぶむ声が強かった。廣瀬編成局次長は「私の息子もオートバイに乗ったバッタのヒーローを面白いと言っている。ここはひとつ、子どもの感覚に賭けてみましょう」と社内を説得し、番組企画は推進された。

ちなみに、「敵対組織によって改造人間にされてしまった」という設定があるため、マスクには泣いているように見えるデザインが施されている。以降のシリーズのみならず、改造人間にならない平成仮面ライダーのマスクにも同様のデザインが施されている。

制作開始 編集

「バッタ」をモチーフにしたヒーロー番組企画は、バイクに乗って戦うバッタのヒーロー「仮面ライダーホッパーキング」と仮題されたが、「長すぎる」との毎日放送側の意向で『仮面ライダー』と短縮され、2月1日からの制作決定が下された。また当時東映の「大泉撮影所」は組合によるロックアウトのために使用できず、平山亨や斎藤頼照とともに組合問題で東映京都撮影所を追われた内田有作が所長となり、急遽生田に設立した「東映生田スタジオ」での制作が決まった。キャラクター制作と美術全般はエキスプロダクションが担当。照明班や撮影班は、この年の11月に倒産することとなる大映東京撮影所のスタッフが集められ、東映生え抜きでない異例のスタッフ編成が行われた。6日にスタッフの顔合わせがあり、撮影に入ったのは2月7日であった。

元々、本作は『ウルトラマン』のような「巨大ヒーローと怪獣が戦う作品」にしようという案もあったという。しかし、石森は等身大ヒーローにこだわり、敵キャラクターも人間形態としてタイツ主体で造形され、徹底して怪獣とは差別化する方向で[11]、「怪人」と呼称された。平山亨著『泣き虫プロデューサーの遺言状』(講談社)によると、毎日放送側から東映に支払われる製作費は1話につき400万円。美術予算が足りず、機械パネルのイメージを予定していたショッカーのアジト内は、エキスプロの高橋章が描くおどろおどろしい模様を描いたものとなった。同プロの三上陸男は「おかげで生物感のある不気味なものになった」とコメントしている[11]

企画段階で紆余曲折を経た本作は、放映開始されても順風満帆とは行かなかった。元々貸しスタジオである「東映生田スタジオ」には満足な撮影設備もなく、撮影用の平台が一つあるのみで、バラック建ての建物は雨が降ると反響音によってアフレコもできない状況だった。また、第1話の視聴率は関東地区において8.1%と厳しいものであったが、毎日放送の地元である関西地区では関東地区に比べて高視聴率をマークしており、この数字を見た毎日放送側は手応えを感じて「このままで参りましょう」と平山に伝えた。同時期の特撮番組が『宇宙猿人ゴリ』や『帰ってきたウルトラマン』などの巨大ヒーロー番組が多かったせいか、のちの2号ライダー登場の際には巨大化させようという案も出た[12]ものの、「等身大」のヒーローと怪人を貫いた本作は平山が企画書で強調した「現実的」とのセールスポイントが的中した形となり、大人気を得た。

番組の制作はトラブルや試行錯誤の連続だった。中でも大きなトラブルは、第9・10話の撮影中に藤岡がオートバイで転倒し、全治3〜6カ月の重傷となり、撮影に参加できなくなったこと[13]。このため、未完成分について、本郷の登場シーンなどを前話までの映像から流用した藤岡の姿と別人による吹替えで補い、声優の納谷六朗によるアフレコ[14]で制作、変身後のライダーのシーンを増やし、さらに新キャラクター・滝和也の活躍を繋ぎ合わせるなどの措置で完成させ急場を凌いだ。これらの放映の間、方向性の再検討と新たな主役について討議された。現存する会議録によれば、連載していた漫画同様に本郷が戦死する案を始めとして様々な展開が検討されている。

仮面ライダー(2号)の登場 編集

藤岡の怪我による入院のため、「本郷は海外のショッカー支部との戦いに赴き、そのあとを継ぐ新しい仮面ライダーが登場する」という形での新展開が決定した。主役・一文字隼人には佐々木剛が選ばれた。佐々木は出演依頼を受けた当初、劇団NLTで同期だった藤岡の役を奪うことになると難色を示していたが、「藤岡が復帰するまでの代役」という条件で引き受けたという。

また、主役交代を機にそれまでの反省点が一気に修正されることになる。

  • 舞台をスナックからレーシングクラブに移し、レギュラーヒロインを増やすなどドラマの雰囲気を明るくした。
  • 一文字を本郷よりもユーモラスで都会派のキャラクターに設定し、ヒーロー性を強化した。
  • 仮面ライダーのデザインをやや派手なものにして、キャラクター性を強化するとともに、夜間撮影時の困難を避けるべく暗闇にとけ込みにくい配色にした[15]
  • ライダーに「変身ポーズ」を設定し、一文字の意思による能動的な変身を取り入れた。

脚を開き両腕を大きく動かしながら「変身!!」と掛け声を叫ぶ2号の「変身ポーズ」の設定は、佐々木が自動二輪の免許を持っていなかったための苦肉の策という面もあった。しかし、子どもたちの間で大流行となり、「変身ブーム」と呼ばれる社会現象を巻き起こした。このような変身時のアクションは、のちの仮面ライダーシリーズや他の変身ヒーロー・ヒロインものにおいても重要な見せ場として受け継がれた。

主役が一文字になってから、地方ロケによる舞台の拡充や大幹部の投入によるショッカー側の強化などが行われ、番組の人気も上昇していった。

仮面ライダー(新1号)の登場 編集

一方、事故によって降板となった藤岡だが、「怪我が治ったら復帰させる」と約束したものの、番組が人気を得て固定化してしまい、東映側は藤岡の復帰を毎日放送側になかなか切り出せず、平山や阿部も困り果てていた。そんな中、毎日放送の庄野至映画部長(当時)が、「そういえば藤岡君が治ったみたいですね、今度はどうしましょう」と声をかけてきた。庄野部長のこの一言で藤岡の復帰が決まり、「1号ライダー」がゲスト出演する「ダブルライダー編」がイベント的に挿入されるようになった。これにより、同番組の中に複数のヒーローが存在する展開になる。阿部は当時を振り返り、「あの時の庄野さんの一言がなかったら、今の藤岡君があったのかというくらいの話です」と語っている。毎日放送と東映はダブルライダーの定着を考えていたが、佐々木が「藤岡君がカムバックするまでという約束で引き受けたのだから、当然、藤岡君に返すべきだ。自分がいたままでは、彼が付録のようになってしまう」と頑なに固辞。新1号での単独路線で番組を継続することになった(「僕らのスーパーヒーロー伝説」より)。

藤岡の復帰を祝い、復帰作である第40話・41話は、正月のビッグイベントとして阿部の計らいで九州の桜島、えびの高原でのロケとなった。しかし、この時点でまだ藤岡の負傷した左脚の骨には粉砕した骨片を繋ぐための金属パイプが入ったままで、主治医からは「これが撮影で曲がったら、抜けなくなるどころか一生歩けなくなる」と猛反対されたが、藤岡はこれを隠してロケに参加。ロケの晩には傷口を抑えたタオルから血が滴り、この血で洗面器が真っ赤になるほどだったが、スタッフに気を遣い、ひた隠しにしてアクションを演じている。無事ロケを終えた後、主治医に言われた「大丈夫です。脚は異常ありません」との言葉は、一生忘れられないとのことである。その後、骨折は完治、金属パイプは除去されている。

こうして、第52話で一文字がショッカーを追って南米へ向かったという設定のもと、外観を一新して、独自の「変身ポーズ」も得た新1号ライダーが第53話で主役に復帰した。また、旧1号時の本郷猛が常にダブルのブレザー姿の「科学者然」としたスタイルだったのに対して、復帰した本郷猛は、一文字隼人的な明るさや男性的な野性味を増し、デザインジャケットの上下や革ジャンにジーンズなど、ファッションも多彩になった(その多くは藤岡の私物だった)。加えて事故前はバイクヘルメットに着用義務は無かったため本郷はノーヘルスタイルだったが、1972年の法改正で、「時速40kmを越える道路」での着用が義務化された(ただし当時は罰則なし。罰則規定は1975年、全面義務化は1986年から。)ため、復帰後の本郷はヘルメットを常用するようになった。

配役 編集

本郷役に藤岡を起用したのは、阿部によれば渡邊と藤岡のマネージャーが仲が良く、ここから平山に対して渡邊の推薦があったためとしている。藤岡と同じ事務所に所属していた島田も「一緒に使ってくれ」と言われて起用したが、役がなかったためにルリ子の友達役を設定したという。

ルリ子役の真樹、藤兵衛役の小林昭二大野剣友会の起用は平山によるもの。平山によると『ウルトラマン』から『キャプテンウルトラ』へのTBSの番組引き継ぎ催事で、ムラマツキャップ役の小林と知り合い、若い俳優たちに対する配慮やその人格に惚れ込んで、今回の起用となったという[11]。滝役の千葉治郎は阿部と内田とで決めた。

そのほか、ショッカー幹部や「ライダーガールズ」の面々の起用は、すべて阿部による。五郎役の三浦康晴は、ゲストの林寛子と併せ、阿部が懇意だった養成所からの起用。ショッカー側の怪人の声がテアトル・エコー所属俳優に統一されていたのは、阿部が以前担当した映画『ガンマー第3号 宇宙大作戦』からの繋がりだった。

仮面ライダーの美術・造形 編集

主人公ヒーロー「仮面ライダー」の美術、造形は、造形会社「エキス・プロダクション」(1966年創立)が全面担当した。高橋章デザイナーらが「東映生田スタジオ」に常駐し、セットのデザインや衣装の補修も合わせ、すべてをこなしている。怪人のデザインは石森のラフを高橋がクリンナップし、色指定して決定画としていた。「サラセニア人間」は石森デザインではなく、高橋のオリジナルである。

仮面ライダーのマスクは上下二分割形式となっていて、三上陸男による粘土原型をFRP樹脂で複製し作られている。アクション用の「Aタイプ」と、電飾を仕込んだ超アップ撮影用の「Bタイプ」の2種がFRPで用意されたが、第1話でAタイプの「クラッシャー」が破損し、修復跡を残しての撮影となっている。以後、補修を繰り返しての撮影で、アップ用のはずのBタイプも撮影に駆り出され、常時二種が画面に登場することとなった。二種の明確な違いは複眼部(Cアイ)の下の「覗き窓」の、透明カバーの留めネジの位置である。全98話で使用されたマスクはすべて同じ型から複製された。この型から、ラテックスゴムで抜かれた軟らかいアクション用のマスクも使われている。

触覚はラジオアンテナが使われた。付け根は第1話では同じ材質だったが撮影中に折れてしまったので、以後自転車のブレーキ部分が使われている。複眼部(Cアイ)は、型に流した透明のポリエステル樹脂が軟らかいうちに裏側から角棒で押して段差をつけた。この手法は東宝映画『モスラ』(1961年、本多猪四郎監督)で怪獣モスラの複眼の表現に使われた技法である[16]

仮面ライダーの衣装の、エキスプロの担当部分はマスクとベルト、胸の部分(コンバーターラング)だった。胴体部や手袋・ブーツは東映の衣装部で用意された。上下のスーツは当初、鹿革素材で制作されたが、アクションで裂けてしまい、第1話で既に左ひざに補修が確認できる。このため、ビニールレザー素材となり、新1号以降はジャージ素材となった。第1話の撮影開始時点では、マスクの制作が間に合わなかった[17]。このため、撮影はマスクを使わないショッカーの手術室シーンからとなり、ようやく2月10日にマスクが完成して、11日の小河内ダムロケから仮面ライダーのアクション撮影が行われた。

当初仮面の基調は緑色だったが、渡邊亮徳の「緑色のヒーローなどあるか」との意見でパール入りの黒スプレーが吹かれ、暗緑色となった。パールを施したのは、第1話のロケが曇天で、画面映りが非常に悪かったため。このAとBの2種は、色を塗り替えてそのまま2号ライダーとして使われている。新1号編に入ると、緑色が鮮やかになっていくが、塗装に使ったカラースプレーが季節ごとの乾燥度や日照条件で発色が違うためもあった。また、ロケ地やキャラショーなどのイベント先での補修を想定し、アサヒペンのカラースプレーなど、全国どこでも誰でも入手して塗れる色を優先した配慮もある。

社会現象 編集

『仮面ライダー』は社会現象「変身ブーム」の発祥源として、マスコミの注目を浴びる番組となった。「ゲルショッカー編」開始日の新聞各紙のラテ欄には、新幹部「ブラック将軍」の登場が写真記事で紹介されている。全仮面ライダーシリーズ中、最も長期間放送した作品であり、未だにその記録は破られていない。

第1話の放送の関東での視聴率は8.1%だったが、関西では20.5%を記録。事故による主役俳優の交代を機に行われた種々の強化策によって、着実に視聴率を伸ばしていった。9月末ごろには平均して関東でも15%、関西では20%の視聴率を超えるようになった。全98話の平均視聴率は関東が21.2%、関西が25.9%[18]、最高視聴率は関東が30.1%(1972年1月8日放送)、関西が35.5%(1973年2月10日放送。ビデオリサーチ調べによる)。

カルビー製菓の「仮面ライダースナック」の付録である「仮面ライダーカード」、ブリヂストン自転車から発売された「ドレミサイクロン」、タカトクトイスやポピー (現バンダイ・ボーイズトイ事業部) から発売された「仮面ライダー変身ベルト」といったキャラクター商品も大ヒットし、その商品化権料は12億円に達し、それ以前のヒットキャラクター『鉄腕アトム』『オバケのQ太郎』『ウルトラマン』などの商品化権料を凌駕し、当時の過去最高のキャラクターになった。仮面ライダーカード欲しさにスナック菓子を買って菓子を捨てるなど、社会問題となった(マンガ『ちびまる子ちゃん』でもこの社会問題を取り上げたエピソードがあった。また、仮面ライダースナックは近年、再発売された)。

番組終了から40年経過してもなお、CM出演、ヒーローショー・TVゲーム化・パチンコ・パチスロ台の登場など、人気と知名度は継続している。

登場人物 編集

仮面ライダー 編集

仮面ライダーの関係者 編集

ショッカー 編集

詳しくはショッカーを参照。

ゲルショッカー 編集

詳しくはゲルショッカーを参照。

他 登場人物 編集

※参考文献:『仮面ライダー大図鑑(1, 2)』(バンダイ・1991年)、『仮面ライダー大全』(双葉社・2000年) カッコ内は登場話数。

  • 山野美穂 - 小林千枝 (2)
  • 岸森助手 - 巽治郎 (2, 5)
  • 伊藤老人 - 美川陽一郎 (3)
  • 早瀬五郎(さそり男) - 渚健二 (3)
  • 宮下雪江 - 篠雪子 (4)
  • 宮下健二 - 五島義秀 (4)
  • 戦闘員No.3 - 石橋雅史 (4)
  • 雨宮ちか子 - 水上竜子 (5)
  • 砂田辰夫 - 神田隆 (6, 7)
  • 砂田ユミ - 荒井久二江[23] (6, 7)
  • ハインリッヒ博士(演) - A・ウンガン (6, 7)
  • ハインリッヒ博士(声) - 市川治[24] (6, 7)
  • 阿部直樹 - 西城健二 (6)
  • 池田隆三 - 高津住男 (8)
  • 赤戦闘員・影村 - 岩城力也 (8)
  • 池田サチコ - 川崎純子 (8)
  • 近藤和雄 - 守田比呂也 (9)
  • 近藤武彦 - 石井政幸 (9)
  • 古賀警部 - 奥村公延 (10)
  • 金保管庫警備主任 - 山岡徹也 (10)
  • 綾小路律子 - 新井茂子 (10)
  • 滝洋子 - 桂ルミ (11, 13)
  • 白川保 - 吉田輝雄 (12)
  • 白川マチ子 - 渡辺弥生 (12)
  • 柴田助手 - 藤沢陽二郎 (12)
  • 野本健 - 堀田真三 (13)
  • FBI捜査員 - ジョン・エアーズ (14)
  • 女幹部マヤ - 真理アンヌ (16, 17)
  • リングアナウンサー - 大泉滉 (16, 17)
  • 草鹿昇(サタンマスク) - 藤木卓 (16, 17)
  • ハリケーンジョー - 原田力 (16, 17)
  • 草鹿清 - 渡辺一矢[25] (16, 17)
  • 田所大助 - 西郷次郎 (18)
  • 田所まさる - 高野浩幸 (18)
  • FBI捜査官・神田 - 宮浩之 (19)
  • 怪紳士(ドクガンダー幼虫) - 大阪健 (20)
  • 吉岡助教授 - 鶴見丈二 (20, 21)
  • 小泉教授 - 野々浩介 (20)
  • エリナ杉崎 - 水木正子 (22)
  • 青柳昇 - 杉浦真三雄 (22)
  • 青柳美雪 - 斉藤浩子 (22)
  • 大隅博士 - 伊豆肇 (23)
  • キノコモルグに改造される囚人 - 富士乃幸夫 (24)
  • 小池助手 - 中田博久 (24, 25)
  • ヒロシ - 中村光男 (24, 25)
  • キミ子 - 林寛子[26] (24, 25)
  • 警官 - 有本欽隆 (26)
  • 愛川豊 - 大和学 (28)
  • 川本浩太 - 山内友宗 (29)
  • 川本文江 - 上田みゆき (29)
  • 志村高一郎 - 北原義郎 (30)
  • 井崎 - 大下哲矢[27] (31)
  • 井崎武夫 - 佐久田修 (31)
  • コニー・山田 - 三枝美恵子 (33)
  • 折口清張 - 村上不二夫 (34)
  • 門前絹子 - 水上竜子 (34)
  • 剛田博士 - 奥野匡 (36)
  • 剛田裕二 - 長谷川誉 (36)
  • 木元ミツル - 梅地徳彦 (37)
  • 関俊彦 - 河野秋武 (38)
  • 関明美 - 関口昭子 (38)
  • 早苗 - 鷲尾真知子 (39)
  • ショッカー幹部連絡員 - エンベル・アルテンバイ (39)
  • 岡野弘 - 五島義秀[28] (42)
  • 加納修 - 根岸一正 (42)
  • 並川博士 - 水村泰三 (43)
  • 並木ジュンコ - 真田圭子 (44)
  • 並木マコ - 真田昇子 (44)
  • 矢島博士 - 池田忠夫[29](45)
  • こそ泥 - 川中弘(源治)、 花巻五郎(鉄) (45)
  • 美川サブロウ - 守田比呂也 (46)
  • 美川タダシ - 佐野伸寿 (46)
  • マタギの老人(ベアーコンガー) - 依田英助 (46)
  • 山崎秀夫 - 長沢大 (48)
  • 中山健造 - 青野平義 (49)
  • 金尾為吉 - 安藤三男 (49)
  • 中山弘 - 高野浩幸 (49)
  • サクラ - 荒井久二江 (49)
  • ロバート田中(カメストーン) - 中井啓輔 (50)
  • 清水医師 - 北町史朗 (50)
  • 大下博士 - 細川俊夫 (51)
  • 小林助手 - 西城健二 (51)
  • ペットショップの店長 - 岩城力也 (52)
  • アナウンサーの声 - 鈴木泰明 (53)
  • 黒木 - 平松慎吾 (55)
  • 井川 - 高島稔 (55)
  • 山本アナウンサー - 鈴木泰明 (55)
  • 片山俊作 - 北原義郎 (56)
  • 九条みわ(ギリーラ) - 建部道子 (56)
  • 大田黒博士 - 三島耕 (58)
  • 橋本良子 - 牧まさみ (58)
  • 毒トカゲ人間態 - 里木佐甫良 (58)
  • 野上辰三 - 三角八郎 (59)
  • 三郎 - 土屋靖雄 (59)
  • コバルト120運搬人 - 飛世賛治、中原正之 (59)
  • 警官 - 団巌[30] (60)
  • 雪夫 - 石井政幸 (62)
  • 漁師(ハリネズラス) - 吉原正皓 (62)
  • 勝丸功 - 成川哲夫 (63)
  • 瀬能サナエ - 藤山律子 (63)
  • カブトロングの部下 - 滝波錦司 (65)
  • 光一 - 池田義彦 (65)
  • 加藤 - 島映二 (66)
  • ピエール・アンドレ - エンベル・アルテンバイ (67)
  • ショッカーモロッコ支部長・モハメッド - ウィリー・ドーシー (67)
  • ショッカーシンガポール支部長・ヤン - A・モロズ (67)
  • 熊木 - 高木二朗 (68)
  • 小川信二 - 倉島襄 (69)
  • 水泳コーチ - 大山高男、佐藤明美 (70)
  • 木原通俊 - 徳大寺伸 (71)
  • ショッカー連絡員(アブゴメス) - 佐藤京一 (71)
  • ジョージ - 大神信 (71)
  • 親子 - ルース・ボール、グレース・ボール[31] (71)
  • 怪僧(モスキラス) - 岩上瑛 (72)
  • ホテルの支配人・北沢 - 大泉滉 (72, 73)
  • 番頭 - 畠山麦 (72)
  • 坂井博士 - 村上不二夫 (73)
  • 伊藤達也 - 穂積隆信 (74)
  • バラ子(バラランガ) - 松沢のの (75)
  • 駄菓子屋のおばさん - 由起艶子 (76)
  • 三上茂一 - 加藤正之 (77)
  • 三上ひとみ - 茂木みゆき (77)
  • 池田邦夫 - 石井政幸 (78)
  • 峰信太郎 - 佐々木功 (81)
  • ゲルショッカー科学者 - 山浦栄 (81)
  • 中村 - 梅津栄 (82)
  • イノカブトンに改造される死刑囚 - 飛世賛治[32] (83)
  • 桂城良助 - 大神信 (84)
  • 桂城マキ - 山田圭子 (84)
  • 釣人 - 石森章太郎 (84)
  • ウツボガメスに改造されるギャング - 富士乃幸夫 (85)
  • 岡崎 - 宮浩之 (85)
  • 桜井圭太 - 簾内滋之 (86)
  • 桜井大作 - 守屋俊志 (86)
  • ハイカー - 内田嵐 (86)
  • 死の配達人 - 芹川洋 (87)
  • 青野清 - 北原義郎 (87)
  • 細谷勉 - 山岡徹也 (87)
  • 田中輝夫 - 大橋一元 (88)
  • 山辺由美 - 水沢有美 (91)
  • 木暮精一郎 - 上野山功一 (92 - 94)
  • 石神千恵 - 小野恵子 (92 - 94)
  • 勝彦 - 三井恒 (95)
  • 松田善一郎 - 小山源喜 (96)
  • 鈴木英夫 - 川上大輔 (96)
  • 安岡元一郎博士 - 美川陽一郎 (96)
  • アベック - 山崎純資、松尾悦子 (97)
  • 実験用囚人 - 東龍明、土屋靖雄 (97)

スタッフ 編集

劇場版 編集

『ゴーゴー仮面ライダー』から『仮面ライダー対じごく大使』の3作品は、『仮面ライダーTHE MOVIE BOX』(2003年12月5日発売)、単品では『仮面ライダーTHEMOVIE VOl. 1』(2006年3月21日発売)、『仮面ライダーTHE MOVIE BD BOX』(2011年5月21日発売)に収録されている。

  • 『ゴーゴー仮面ライダー』 - 1971年7月18日公開。東映まんがまつりの一編として第13話を上映。テレビ用に 16mmスタンダードサイズで撮影された画面の上下をトリミングして、35mmシネスコサイズにブローアップして上映された。通常の35mmと比較すると、約8分の1のネガサイズからブロウアップしている。また、多くの場面で、出演者の首から上がカットされている。
  • 仮面ライダー対ショッカー』 - 1972年3月18日に東映まんがまつりの一編として公開。
  • 仮面ライダー対じごく大使』 - 1972年7月16日に東映まんがまつりの一編として公開。

脚注 編集

  1. 読売新聞1993年3月16日夕刊によると、これはスポ根ブームの影響で格闘技に徹したためだとされている。
  2. 市川森一が企画時に強調したものが、テーマとして取り入れられた文言である。
  3. 読売新聞1993年3月15日夕刊より。
  4. 「ウルトラマン対仮面ライダー―メガヒーロー 光と影の神話」より。
  5. 翌年に制作された『変身忍者嵐』も、企画当初は「謎の鉄仮面」が活躍するという趣向だった。
  6. 本人が「陸王」という日本製オートバイを乗り回していた経験があった。
  7. 仮面ライダーをつくった男たち』の第1話「泣き虫プロデューサー」より。
  8. 奇しくも、『帰ってきたウルトラマン』は本作が放映開始する前日の4月2日にスタートしている。
  9. もともと劇作家で、TV番組の脚本は初めてだったため、初期の島田の担当脚本のほとんどは阿部征司との共同作業で執筆されたという。
  10. 女性脚本家だが、女扱いされることに反発し、「滝沢真里」と男名風の筆名を用いることもあった。子ども番組はこれが初めてで、『嫁ゆかば』(1969年、日本テレビ)などを執筆していた。
  11. 11.0 11.1 11.2 『TOWNMOOK増刊 仮面ライダー』(徳間書店・1981年)より。
  12. 「昭和特撮大全」より。
  13. 事故は放送開始前だったため、藤岡は第1話の放送を入院中の病院で視聴していたという。
  14. 「藤岡弘に声の似ている声優」という要望に、テアトル・エコーのマネージャー田寺尚和が数人のデモテープを用意。最終的に納谷を推薦した。
  15. 第2話の人間蝙蝠との戦いでは、夜間撮影でまったく仮面ライダーが見えず、平山によるとこの時点で既に、ライダーの身体に銀のラインを付けるなどの変更が決定していた。藤岡降板がなくとも、いずれ衣装は変更されていたという。
  16. エキスプロの八木正夫社長は東宝特美課にいた八木勘寿の実子でもあり、スタッフは東宝と縁が深かった。
  17. もともと毎日放送側の制作ゴーサインが遅れたため、生田スタジオの内田所長が「パーになったら俺が制作費を払う」と、独断でエキスプロに仮面の制作発注をしたもので、それでも完成は遅れた。
  18. プロ野球中継のため、翌週の金曜19:30 - 20:00に振り替えて放送された第69話(1972年7月28日放送)を除く。
  19. 59話までの役名はミツコ
  20. 64話では「中島まち子」、68, 69話では「中島マチ子」とクレジット。
  21. 第66、67話のOPクレジットは「潮健二」
  22. ゲルショッカー編となる80話以降も「ショッカー首領」と表記。
  23. OP表記は「荒井久二子」
  24. OP表記は「市川修」
  25. OP表記は「渡辺一也」
  26. OP表記は「林宏子」
  27. OP表記は「大下哲也」
  28. OP表記は「後藤良英」
  29. OP表記は「池田唯夫」
  30. OP表記は「田巌」
  31. いずれも「特別出演」とクレジット
  32. OP表記は「飛世賛ニ」

関連項目 編集

  • 変身忍者 嵐 - 時代劇版仮面ライダーを目指した作品。第25 - 27話にかけて仮面ライダー1・2号と滝和也をゲスト出演させる案もあったが、実現には至らなかった。

広告ブロッカーが検出されました。


広告収入で運営されている無料サイトWikiaでは、このたび広告ブロッカーをご利用の方向けの変更が加わりました。

広告ブロッカーが改変されている場合、Wikiaにアクセスしていただくことができなくなっています。カスタム広告ブロッカーを解除してご利用ください。

FANDOMでも見てみる

おまかせWiki